私は、よく知らない人に道を聞かれる。
だが先日、明らかに困っている人がいたので思い切って逆にこちらから話しかけてみた。
しかも、英語ができない私が、外国の方に。
人に道を聞かれる、ということは特に珍しくないことはもちろんわかる。
でもおそらく人一倍、人に道を聞かれやすい。それは歳を重ねるにつれて増えてきたような気さえしている。
「◯◯は、どこにありますか?」
「◯◯に行くには、どの道を行けばいいですか?」
聞かれたら、もちろんお答えする。
目的地が近い場合は一緒にそこまで行くこともあるし、わからない場合もあるのでその時は素直にわからないと伝える(スルーすることはまず、ない)。
ただ、困るのが、外国人に聞かれた場合。
恥ずかしながら、私は英語がほとんど(全く)できない。時々、話しているニュアンスはわかることはあるものの…英語で答えるというのがまず、できない。
それなのに、自分から進んで話しかけに行ってしまったのである。
先日、多くの人が行き交うJR渋谷駅でふと目に留まったのが、民族衣装を身に纏った、どう見ても日本へ旅行に来たと思われる方々。
よく見かける光景ではあるが、その時駅員さんに必死に何かを聞いているのがわかった。ただ、ほとんど意思疎通ができていないのも同時に伝わってきた。
どうやら、東京メトロ銀座線への乗り換え方法を知りたいらしい。
あまり土地勘のない私でも、珍しくその乗り換え方法はわかっていた。だから、何とか助けたい!という気持ちが強くなって、おずおずとその外国人の方々に近づいて行ってみた。
「ギ…ギンザライン?」
英語はわからないので、ただの単語ではあるが路線図を指さしながら話しかけてみた。
「oh,ギンザライン!」
その後も英語で何かを言われたが、ニュアンスしかわからなかった。でも、やはり銀座線までどうやって行くかを知りたいのには違いなかった。
だが、自分から話しかけたものの、英語で説明できるはずがない。
どうしようか考えている間も、その方々の視線が私に集まっている。
私が編み出した方法、それは、銀座線まで連れて行くということ。
ついて来て、って英語で何て言うんだっけ?カモン?なんか違うな?とか色々思いながら、ジェスチャーでカモンと伝えてみると、それは伝わったようで、皆さんがついて来てくれた。
10人近くいたので、はぐれていないか時々後ろを確認しつつ、人混みをかき分けて銀座線へとつながる階段の前へとやって来た。
距離にしては短いのに、やたら長く感じた。
そしてまた、サインを指さして「あっち、ギンザライン」と明らかに伝わらない「あっち」という言葉を入れながらも伝えると、「ここから行けるのね!」みたいな反応をしてくださり、「Thank you〜」と笑顔で去って行った。
ホッと一安心。
でも私、何だか堅い部分の性質が出てしまい、なんともご丁寧にお辞儀をして見送ったのである。
それはもちろん丁寧なので悪くはないと思うが、「Have a nice day!」とか気の利いたことは言えなかったのか…とやや反省。
昔、中学生の頃に英語で確か習ったなぁ。
そんな言葉、いつ使うんだろうとか思ってたなぁ。
…やっぱり、学校で習うことに無駄はないと改めて実感。
英語、勉強しようかなぁ。とまたじんわり思いながら、少し遅れてしまった友達との待ち合わせに合流。
少し盛って、一連の流れを興奮気味に話す私なのであった。